新潟県中越沖地震ボランティア活動報告(1) 3年間に2度も震災に襲われた刈羽村
7月16日午前10時15分、マグニチュード6・8の巨大地震が新潟県中越地方を襲った。この地震により東京電力柏崎刈羽原発3号機から火災が発生、さらに大気中や海へ放射性物質が漏れ出たことも判明した。
被災地住民は地震の恐怖だけでなく、放射能汚染の不安を抱えている。少しでも被災地住民の力になろうと、埼玉県ふじみの市市議会議員のおがわ愛子さんの呼びかけで7月25日、26日の両日、震災ボランティアが取り組まれた。
急遽ボランティアを受け入れてくれたのは、刈羽村村会議員近藤容人さんだ。近藤さんを紹介してくれたのは、「東海村菜の花エコプラン」(本誌1247号掲載)代表の相沢一正さん。緊急時に脱原発ネットワークが活かされた。
近藤さんは、2001年に刈羽村で行われたプルサーマル計画の是非を問う住民投票運動の中心を担った。住民投票に勝利し、現在も地元で粘り強い脱原発運動を続けている。
<原発サイト沿岸で起きた地震だった>
25日午前9時過ぎ、刈羽村に隣接する柏崎市西山町のコンビニで近藤さんとドッキング。簡単に自己紹介と名刺交換を済ませ、早速原発サイトが見える海岸線へ向かう。道路はいたるところに亀裂が入り、がけ崩れが起きている。
高浜海水浴場から海沿いを走る国道352号線を北上すると、道の両側に並ぶ集落のほとんどが損壊し、瓦屋根にはブルーシートがかけられている。2〜3分ほど車で走り、日本海に少し飛び出した観音岬で車を降りる。この先はがけ崩れで通行止めだ。
近藤さんは沖合いを指差しながら、「震源はここからわずか数キロのところでした」と解説。「中越沖と命名されたから、震源は岸から離れた場所だと思っていましたが意外です」との意見が出た。
沖合いには佐渡島が浮かび、来た道を振り返れば原発サイトがはっきりと見える。まさに原発のすぐそばの、実際上は沿岸部で起きた巨大地震だったことがよく分かる。
続けて国道を南下し、原発サイト北側フェンス直近の砂浜に出た。サイト内海側を走る道路に設置された街灯の支柱は、右側に大きく傾いている。地震のエネルギーが原発を直撃したことが分かる。
刈羽村中心部はさらに壊滅的な状況だ。木造家屋の多くが倒壊し、倒壊を免れた家も屋根はブルーシートで覆われている。入口に「危険」を示す赤色の判定ステッカーが貼られた家も多い。原発サイトからわずか2キロに建つ近藤さんの自宅も、本来は立ち入り禁止だ。
村内を車で回り、被害状況を説明しながら近藤さんは次のように強調した。
「3年前の中越地震の際には、柏崎や刈羽村はほとんど注目されませんでしたが、実際はあの時にも甚大な被害を受けています。やっとお金を工面し、修繕が終わったかと思っていたところに今回の地震です。私たちはわずか3年ほどの間に、二度も巨大地震に襲われました。こんなことは世界でも稀だと思います。ぜひみなさんのお力を貸してください」
「できることは何でもやります」と答える参加者たち。いよいよボランティア活動の開始だ。
<損壊した屋根やがけの雨対策に奔走>
強い日差しが注いでいるが、予報では梅雨前線の南下に伴い天気は下り坂だ。そこで雨対策のボランティア活動を優先的に行うことにする。
最初は損壊した2階建て家屋の屋根をブルーシートで覆う作業だ。今回の地震で瓦屋根の頭頂部分はもぎ取られ、多くの箇所で瓦がズレ落ち割れている。このまま放置して雨漏りが続けば、大切な家財道具や衣服、ふとんなどが使えなくなってしまう。
家屋そのものも危険な状態で、赤色の判定ステッカーが貼られていた。ボランティアセンターなら安全性を考慮し、決してボランティアを派遣できない現場だ。住民は危険な作業については、お金を払って業者に依頼するか、自力で行うしかないのが現状なのだ。
しかし今回は近藤さんを通じての紹介だ。近藤さんは、「万一危険だと判断した場合には決して無理しないでください」と何度も心配してくれる。編集部からボランティアに参加した水沢努さんは、「以前は岩登りをしていましたからこれぐらいの作業は大丈夫です」と自信をもって答え、早速梯子をかけて屋根に登る。
当日早朝にも震度4の余震が続いているから油断はできない。他のボランティア3名もサポートのため屋根に登り、慎重にブルーシートをしき、その上に土嚢を置いていく。午前10時半頃から開始した作業は、昼食をはさんで午後2時ごろまでに無事終了した。
続けてこの家の背後に迫る崖の上部に入った亀裂にもブルーシートをかける。大量の雨が亀裂にしみこめば、一気に地滑りが起きる危険性があるからだ。
さらに近くの家のブロック塀の解体を依頼される。傾いたコンクリート塀を一同で揺らしてみるが、このまま引き倒すと家の基礎部分にまで損傷が及びそうだ。本格的に解体するためには機材を準備する必要があると判断し、別の現場へ向かう。
見るからに頑丈な塀が道に大きく傾いている。このままでは危険なのでロープをかけ、家の人も含めて総勢10人ほどで引き倒そうと試みるがビクともしない。「これは重機で倒さないと無理ですね。お役に立てずに申し訳ありません」と挨拶し、残念ながら撤退した。
夕方になるにつれて雲行きが怪しくなるなか、近藤さん宅裏山の崖部分の調査に移る。山側から半島のようにせり出している裏山周辺には多くの家が隣接している。地震により亀裂が生じて地滑りが起きれば、あっと言う間に土砂に呑み込まれてしまう。
近藤さんと共にヤブコギをしながら1時間ほど斜面を点検。一箇所今回の地震で亀裂が拡大したと思われる場所を確認し、早速ブルーシートで覆った。これ以外にも草刈りやブルーシートかけに奔走し、午後5時過ぎにやっと作業を終了した。
通常のボランティア活動の何倍も濃い密度で作業をした参加者にとって、クタクタに疲れながらも充実した一日だった。
