環境・雇用・福祉を守るエコロジカル税制改革を
                    長田 武(編集部)

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 6月ドイツのハイリゲンダムでG8(主要国首脳会議)が開催された。

 安倍首相はこの会議で、「美しい星50(Cool Earth 50)」を提唱した。日本がリーダーシップをとり、「世界全体の温室効果ガスの排出量を現状に比して2050年までに半減する」とぶち上げたのだ。

 次回G8は来年7月、北海道洞爺湖で開催される。今年に引き続いて温暖化防止は主要なテーマとなるだろう。来年日本はホスト国であり、しかも京都議定書の議長国でもある。

 日本が本気で温暖化防止のリーダーシップをとるつもりなら、待ったなしに環境税を導入すべきだ。EU各国は既に、90年代から積極的に環境税を導入している。そしてCO2排出削減のみならず、環境と雇用や福祉を両立させる「持続可能な社会」への転換に大きな成果をあげている。

 7月参議院選挙へ向けたマニュフェストでは、ほとんどの政党は温暖化防止を謳っている。しかし肝心の具体的政策=環境税導入を明記しているのは、民主党(「地球温暖化対策税の導入」)と社民党(「炭素税や大規模排出源の排出量をコントロールする国内排出取引制度を導入します」)ぐらいだ。

 しかも民主・社民両党共に、環境・雇用・福祉を総合的に視野に入れて環境税を提起するまでには至っていない。7月参議院選挙の争点は、「消えた年金問題」だけではない。日本の政治・経済を持続可能な方向へ根本的に転換するエコロジカル税制改革こそが求められている。

<このままでは京都議定書を達成できない>

 G8で「美しい国」のみならず「美しい星」とまで大見得を切った安倍政権だが、足元はどうなのか?

 日本は京都議定書で、温室効果ガスを1990年比マイナス6%(2008年から12年の平均)削減することが課せられている。しかし環境省が公表しているデータによれば、2005年度の温室効果ガス総排出量は13 億6000 万トンで、基準年の総排出量と比べて7・8%も上回っている。議定書の目標を達成するためには、今後早急に8・4%の削減が必要だ。

 なぜ日本の温室効果ガスは減らないのか。2005年度のエネルギー起源CO2(13・6%増加)の部門別排出量を見れば一目瞭然だ。1990年比で減少しているのは、唯一工場などの「産業部門」(マイナス5・5%)だけだ。自動車・船舶等の「運輸部門」(プラス18・1%)や商業・サービス・事業所等の「業務その他部門」(プラス44・6%)、「家庭部門」(プラス36・7%)、発電所等の「エネルギー転換部門」(プラス15・7%)は軒並み増加しているのである。

 「運輸部門」や「家庭部門」で大幅にCO2が増大していることは、環境問題がこれほど身近な話題となりながらも、日本人のライフスタイルはそれほど変化していないことを意味する。それどころか、ますますエネルギー浪費型のライフスタイルが助長されている側面もある。

 例えば、日本における輸送人キロベース(輸送人員×輸送距離)の旅客輸送分担率の推移を見てみよう。鉄道の比率は1960年に75・8%だったが、1980年には、40・2%、2000年には32・1%と低下を続けた。これに比して乗用車の比率は1960年の4・7%から、1980年41・1%、2000年に53・7%と増加の一途をたどっている。鉄道やバスなどの公共交通機関や自転車など、環境負荷の少ない移動手段が見直されているどころか、環境負荷の高い乗用車の利用が増加しているのだ。

 「石油ピークは文明ピーク」だと警鐘を鳴らす東大名誉教授の石井吉徳氏は、「ジェヴォンズ・パラドックス」=「省エネルギーなど、技術の進歩はむしろエネルギー消費を増やす」を紹介している。世界最先端の省エネ技術を有し、プリウスなどのハイブリッドカーが普及する日本で温室効果ガスの増加が止まらない以上、残念ながらこのパラドックスは正しい。 温暖化防止のためには省エネ技術の普及だけでなく、経済成長主義を見直し、持続可能な経済と社会へのより根本的な転換が必要なのだ。

 しかし、ハイリゲンダムG8を前にした6月1日安倍政権が閣議決定した「21世紀環境立国戦略」では、「日本のGDP 当たりの二酸化炭素排出量は世界の主要国の中で最も少なく、また、公共交通機関を使う割合は47%と先進国の中で抜きんでている」と自画自賛が目立つ。

 肝心の環境税については、「地球温暖化対策全体の中での具体的な位置付け、その効果、国民経済や産業の国際競争力に与える影響、諸外国における取組の現状などを踏まえて、国民、事業者などの理解と協力を得るように努めながら、真摯に総合的な検討を進めていくべき課題である」と述べるにとどまっている。

 このまま安倍政権が続けば、日本は京都議定書の議長国としての国際的な責任を果たせないだろう。

<自民党は産業界の顔色を見て及び腰だ>

 さすがに環境省は、遅々として進まない温暖化防止対策に強い危機感を抱いている。そもそも環境省は2003年8月に、「温暖化対策税(炭素税)」の制度設計案を提示したが、未だに導入の目処は立っていない。

 焦る環境省は、「地球温暖化対策は待ったなし」、「京都議定書の第一約束期間を目前に控え、目標達成が極めて厳しい」、「2008年には日本でG8が開催され、ポスト京都の枠組みに関する議論が佳境に入るなかで、国際公約の実現がなされなければ、我が国に対する信頼は失墜」、「京都議定書の目標を達成できない場合は、不達成分の1・3倍が排出削減義務に加算される」と懸命にアピールしている。

 環境税導入が遅れている原因の一つは、環境省が炭素税導入プランを発表した直後に日本の産業界が猛烈に反対したことだ。官僚や公務員には強面で、国民には「痛み」を強いた小泉政権は、産業界の意向にはまったく逆らえなかったわけだ。

 2003年11月18日経団連は、「『環境税』の導入に反対する」との声明を発表した。この声明では温室効果ガス削減へ向けた産業界の自主的取り組みを強調しつつ、以下のような理由で環境税の導入に反対している。

 (1)「環境税」は本格的な景気回復に水を差し、産業活動の足枷となる。(2)国内空洞化を促進する一方で地球の温暖化をかえって進行させる。(3)エネルギー課税は既に過重である。(4)自主的取り組みを尊重し、実効ある民生対策に取り組むべきである。(5)全ての国が参加できる新たな枠組が不可欠である。

 経団連は、過重なエネルギー課税の上に環境税を導入すれば、企業の国際競争力は低下し経済成長は失速すると主張している。しかし、現在日本で導入されているエネルギー関連税は、環境税とは似て非なるものでしかない。

 日本のエネルギー関連税には以下のものがある。ガソリンには「揮発油税」と「地方道路税」、軽油には、「軽油引取税」、タクシーの利用する液化石油ガスLPGには「石油ガス税」が課せられている。これ以外に、石油や天然ガスの輸入に「原油等関税」、石油・石炭・天然ガスの生産・輸入に「石油石炭税」、ジェット燃料に「航空機燃料税」、電力の販売には「電源開発促進税」が課税されている。

 こうしたエネルギーに対する課税はエネルギー価格を上昇させ、結果としてエネルギーの利用量を削減し、環境悪化を抑制する効果がある。ゆえにOECD(経済協力開発機構)では、これらを環境関連税として分類している。

 しかし、そもそも日本のエネルギー関連税は環境負荷の軽減を目的としたものではない。その証拠にCO2排出量が最も多い石炭の税率は石油や天然ガスよりも低く、窒素酸化物を排出する軽油の税率はガソリンよりも低い。その結果、環境負荷のより大きな石炭や軽油の利用を促している。原発の燃料であるウランに対しは、課税すらしていない。

 さらに重大な問題は、税収のほとんどは環境負荷を高める用途に使用されていることだ。例えば「原油等関税」、「石油石炭税」、「電源開発促進税」の税収のほとんどは、石油開発や火力発電所、原発増設に費やされ、温室効果ガスの排出を増加させ放射性廃棄物を生み出している。

 「揮発油税」、「地方道路税」、「軽油引取税」、「石油ガス税」は、「受益者負担」の名の下に新たな道路建設や整備に使われている。その結果自然破壊や大気汚染を引き起こし、モーダルシフトを遅らせて車優先社会を維持するための財源となっている。「航空機燃料税」は空港整備のために使用されており、これは日本各地に無駄な空港を生み出す原因ともなっている。

 加えて「エネルギー課税は既に過重である」とする経団連の主張は間違いだ。OECDはエネルギー関連税に関して詳細なデータベースを作成して公開している。それによれば、日本が炭素税を導入しても、税率が環境省案のように炭素1トン当たり3000円程度であれば、租税負担は欧州各国の平均以下にしかならない。

各国の炭素税・エネルギー税比較

     *オランダの場合、エネルギー規制税と一般燃料税の合計

 経団連をはじめとする産業界の反対意見には、何の根拠も説得力もない。むしろ、格差が拡大し雇用不安が強まり、年金制度をはじめとする日本の社会保障制度が根本から揺らいでいる今こそ、環境税導入が求められている。

<環境税は雇用・福祉の充実に活かせる>

 EU各国は90年代から環境税を積極的に導入しつつ、雇用や福祉を維持しながら持続可能な社会構造への転換を追求してきた。日本の政界や産業界はこうした実績から学ぶべきだ。

 「環境税導入により増税となるのは困る」、「環境よりもまずは生活の安定だ」などの誤解や不安を解くためには、EU各国の導入実績を検証すればよい。EU各国は環境税を導入すると共に他の税を減税し、政府の歳入全体は増やさない「税収中立型」の税制改革を採用している。つまり、環境税は福祉や雇用のために活かされているのだ。

 具体的に見ていこう。オランダでは、エネルギー規制税が導入されているが、税収の約6割は最も所得の低い階層の所得税率引き下げ、所得税控除額の引き上げ、高齢者に対する標準控除額の引き上げなどに活用されている。企業に対しても、法人税率の引き下げや、環境設備投資の加速償却、省エネ投資に対する税控除などの優遇措置として還流されている。

 ドイツでは、鉱油税および電気税の増収分のほとんど(税収の9割)は、年金保険料の負担軽減に使われている。イギリスでは税収の約8割は、雇用者の国民保健負担の削減に回され、これにより企業の国際競争力の確保と雇用促進を促している。

 フィンランド、スウェーデン、ノルウェーでは、環境税はすべて一般財源に組み込まれ、その分所得税等は減税されている。デンマーク、イタリア、スイスでも、環境税により社会保険料は軽減されているのだ。

 ヨーロッパでは、社会的に有益な活動、とりわけ環境を改善する人々には経済的に恩恵を与え、環境負荷などをもたらす人々にはその分の経済的負担を求める「グッズ(goods)減税・バッズ(bads)課税」の考え方が定着している。環境税はこうした考えに基づいた制度設計の一環であり、環境保全に努力した企業が得をし、そうでない企業は相応の負担をすることで環境負荷の少ない産業構造への転換を促している。

 同時に「環境税は、環境保全と同時に経済雇用にもプラスの効果を与える」とする「二重の配当」論も定着している。実際に各国が環境税を導入した90年代前半から後半にかけて失業率は低下傾向を示している。本誌1247号(2007年7月10日発行)で千葉大教授の広井良典氏も主張しているように、環境税導入の有無は単なる個別の政策レベルではなく、持続可能な社会をトータルに展望するエコロジカルな税制改革として議論する必要があるのだ。

        各国の失業率の推移

各国の失業率の推移

*国際労働機関(ILO)の定める「標準化失業率」によるが、算出方法の詳細は各国で異なるため、単純な比較はできない。                                     *国名の前の( )の数字は直近の失業率の高低順を示す

  そもそも現代社会は恒常的に生産過剰、供給過剰に陥っており、慢性的に労働力は余っている。そのなかで悪無限的に労働生産性の向上を目指せば、失業者や低賃金で使い捨てのパート・アルバイトはますます増大し、ワーキング・プアは深刻化する。正規雇用労働者も、人減らしのなかで過重な労働を強いられ、過労死やうつ病に追い込まれる。

 本来労働は社会的に有益な行為のはずだが、現代社会では働けば働くほど苦しく、不幸になる。このパラドックスは、労働生産性の向上こそが価値を増大させると考え続ける限り打開できないのである。

 一方で、産業革命以降のわずか数百年の間に、人類は限りある地球資源を浪費し尽くそうとしている。経済成長主義から抜本的に脱却しなければ、われわれは次世代への責任を果たすことはできない。これまでの経済成長を支えてきたパラダイムは、資源や環境は無尽蔵にあることを前提に、労働によってそれに付加価値を与える、つまり価値の源泉は労働にあるとする考えだ。

 今やこのパラダイムそのものを見直し、労働生産性ではなく環境効率性を重視する経済と社会へと構造転換することこそが必要なのである。この点で、シュマッハー経済学を継承・発展させるニュー・エコノミックスの代表的論客の一人、イギリスの経済学者ジェイムズ・ロバートソンは『21世紀の経済システム展望』(日本経済評論社)のなかで興味深い提起を行っている。この本はEU委員会からの要請に応えてロバートソンが執筆した報告書の要約版だ。

 ロバートソンはまず、「自然資源の貯蔵庫と、自然のゴミ捨て場の持つ能力は、無価値で無料の財のように取り扱われてきた。価値と費用は、(労働価値説によれば)資源を採取して商品に製造加工し、それを消費者に配送し、ごみとして捨てるという人間の労働と事業からのみ生まれるものとされてきた」と指摘。

 その上で、これからは「自然資源を使用したり独占する人や組織は、労働と創意によって附加する価値への課税の代わりに、自然から引き出す価値に対して対価を支払うことになる」と提起している。

 そして、「環境税(エコタックス)はこれまでは『汚染者負担』の原則にもとづく、『汚染に対する課税』であると思われてきた」が、「いまでは、環境税は自然資源―汚染の吸収力であり、また資源でもある廃棄物を吸収する環境の受容能力―の使用にたいする税金として、さらに広い意味でとらえられるようになってきている」と述べている。

 注目すべきなのは、彼は「環境税の権利」を主張していることだ。この考え方は、人間の労働によるものではない人類の「共有物」としての資源や環境については、「人間がそれを使用して利益を得る場合には、その対価を支払わなければならない」ことを意味する。

 つまり環境税は、共有物である資源や環境を使用している人や組織へ課税する社会全体の権利であり、ゆえにその税収は社会の構成員全員の福祉向上へ還流すべきものとなる。

 EU各国では1990年代からこうした議論が行われてきた。93年12月に発表された「成長と競争と雇用に関するヨーロッパ委員会白書」では、環境税収を雇用に関する課税の軽減に回すよう提言。95年「持続可能な発展に関する英国政府委員会報告」では、「人間が加えた価値」よりも「人間が引き出した価値」にたいして課税することに賛成している。

 今や日本でも、こうしたパラダイム・シフトを促す議論を大胆に巻き起こす時だ。例えば、炭素1トン当たり6000円(ガソリン1ドル当たり約4円)の炭素税が導入されれば税収は2兆円弱に達する。日本人1人当たり、平均約1万7000円の負担となる。

 この税収をEU諸国のように雇用や福祉の充実に活かすことができれば、環境税は多くの国民にとって「納税の義務」の側面よりも、社会全体の共有物の使用に対する「課税の権利」としての側面が強く意識できるようになるだろう。

 既に見たように現行のエネルギー税は特定財源となっており、各省庁の利権と密接に結びついている。環境と雇用・福祉を総合的に視野に入れたエコロジカル税制改革のためには、こうした各省庁主導の縦割行政の壁を取り払うことが必要だ。

 EUでは、縦割りの官僚機構を横断する政党、シンクタンク、NGOのコラボレーションがトータルな環境税制度案を切り開いた。日本の政党、シンクタンク、そしてNGOの力量が問われているのである。

 安倍政権は「低炭素社会の具体的なビジョンと実現への道筋を、2008年のG8北海道洞爺湖サミットに向けて明らかにする」と述べている。しかし、彼らにだけ任せておいても一向に埒が明かない。

 今こそ日本のNGOが総力を結集し、環境税導入を含めたエコロジカル税制改革を実現していこう。

(1248号 2007年7月25日発行)