市民参加の政策提言で「持続可能な交通政策」を 柳下正治さんに聞く
行政と対決するだけでは次世代への責任を果たせない
地球温暖化が深刻化し、オイル・ピークを迎えるなか、自動車に依存してきたこれまでの交通政策の見直しが迫られている。上智大学大学院地球環境学研究科教授の柳下正治さんに聞いた。
公共交通を重視するフランス
◆ヨーロッパでは「持続可能な交通政策」への取組の芽が見られます。
戦後日本は、交通問題を政策としてトータルに捉えないまま進んできました。
最近ようやくその矛盾に気が付きましたが、日本及び日本人は自らの体質を変えることに苦労している、それが現状だと思います。
日本の基幹産業は自動車産業で、これが経済をリードしています。公共事業においても、道路建設は非常に大きいシェアを占めています。
日本の交通政策は、政治や経済、制度や税制、官僚機構や業界の利害などが複雑に絡み合って出来上がったシステムの上に安住してきました。あらゆる要素が絡み合っており、一部を変えるだけでは済まず、一部の変更が全体をガタガタ崩してしまう可能性があり、そのため変革の動きは難渋しています。
しかしOECD(経済協力開発機構)は2001年に、EST(Environmentally Sustainable Transport=環境配慮型の持続可能な交通)を提唱しました。これまでのような自動車に過大に依存する交通体系では、今後地球が直面する様々な制約条件を突破できず、非持続的だと問題提起したのです。
持続可能な社会を創るためには、交通体系も持続可能でなければいけません。ESTは、既存の技術や社会システムを根本から見直すことで持続可能な交通体系を模索するための概念です。
未だどの国もESTの概念を基にして長期プランを作成し実践するまでには至っていませんが、ESTの考え方につながるような政策の萌芽はあちこちに見てとれます。
例えばフランスには、交通政策を総合的に進めるための交通基本法が存在します。そして、公共交通を公共政策としてより強く意識した税体系である交通税が存在します。
交通基本法とは、「移動の自由」の権利を保障する法律です。「移動の自由」とは、暴走族が勝手にあちこち動き回る自由ではありません。経済的に恵まれない人は、お金がないから移動できません。歳をとれば自動車の運転はできません。あるいは身体障害者は移動アクセスが限られてしまいます。
こうした交通弱者を含め、すべての国民に必要に応じた「移動の自由」を保証するのが交通基本法の精神です。つまり、個人の能力に依存するだけでは「移動の自由」は保証できないので、公共政策として交通政策を位置付けたのです。日本にこうした考え方はありません。
この交通基本法にのっとって、一定規模以上の自治体の首長には、総合的な交通政策を計画する権限が与えられました。一口に交通と言っても、鉄道や道路から、自転車、路面電車、タクシーなど様々な領域にわたりますが、自治体の首長には、これらを総合的に計画策定する権限が与えられたのです。
さらにこうした政策の財源として、1982年に交通税が導入されました。一定規模以上の大都市を対象に、市街地に立地する企業や公的機関で職員10人以上の規模の事業者は、人件費総額の0・5%から2%を交通税として自治体に納めるという制度です。
企業や公的機関は、必ず通勤者を発生させます。大量の通勤者のアクセスを確保できなければ、企業や公的機関は大都市で活動できません。このように公共交通政策の恩恵に浴する事業者は交通税を支払い、それを財源に自治体は公共交通を整備し、維持・管理・運営するわけです。
ドイツでも、公共交通の方に財源が配分されるような税制が導入されています。政府レベルで、交通政策をプライベート依存型から公的なサービスを中心としたものに改めていくための制度設計が始まっています。
よくヨーロッパでは自治体がしっかりしていると評価されますが、ヨーロッパの自治体が思い切った政策を実現できるのは、財源を含めてこうした国の制度が存在するからです。国と自治体を対立概念で考えていては、こうした政策は実現しません。
名古屋で行った社会実験
◆日本の場合、国、自治体、市民の各レベルで取組が遅れています。
日本人は、なかなか客観的に国や社会を構造化して見ることにまだ慣れていないのではないか。国政選挙でも、ついつい個別の利害関係でお世話になった人に投票するケースなどを耳にします。
しかし、これでは選挙を通じた政策転換などは出来ません。政策転換ができないことの理由を国や政治家のせいにしがちですが、そうでしょうか。国や政治家の姿は、日本人の鏡です。
大きく変革する方法としては、小泉元首相のようにトップ・ダウン型で政策転換できるリーダーに期待するのも一つの方法でしょう。しかしそれは健全だとは思えません。
日本人は、政策を巡って論理的に議論を積み上げる訓練をもっとする必要があります。「和の精神」で何となく問題点の着地点を探して解決できたように済ましてしまう態度は、国際社会のなかでは通用しません。一人一人が自分が抱えている様々なシガラミを断ち切り、問題をシビアに議論することが大切です。
私は名古屋市で、「市民による循環型社会づくり」をテーマに社会実験を行いました。
これは、自分たちの社会をどうしたら良いのかを自分たちで議論し、具体的な提案にまで結びつけるプログラムです。具体的には、研究者に、行政、企業、NPO、市民等が加わり実行委員会を組織し、「市民が創る循環型社会フォーラム」という参加型会議を開催しました。参加型会議の手法としては「ハイブリッド型会議」を採用しました。
まずステークホルダーに名古屋のゴミ問題について議論を深め、循環型社会の視点を明らかにしてもらいます。ステークホルダー会議には、行政部門など公的セクター、企業などの産業セクター、環境NPOなどの市民セクターの3者に参加してもらいました。
このステークホルダー会議は、名古屋が目指すべき循環型社会の「方向」を確定し、それを実現するためのシナリオ作成を専門家に依頼します。これを受けて専門家は4つのシナリオを作成しました。
次に無作為抽出を基本に選ばれた市民が会議を開催し、4つのシナリオを1つに絞りこみながら、さらに修正・改善して、名古屋が目指すべき循環型社会のシナリオを確定したのです。
この参加型会議は試行錯誤の連続でしたが、社会意志決定のあり方に対して新たな可能性を提示してくれました。必要な情報の提供があり、専門家を活用すれば、市民自らが社会的問題の解決に向けて答えを見出していく能力、つまり市民力の向上を図れることが明らかになったからです。
何やかや言いますが、全体としては日本人の資質は向上してきています。行政側が「市民に任せることができない」と考えるのは間違いです。
一方で市民の側でも、従来型の対決や陳情だけの社会参加には限界があります。何か要求する時には陳情を重ねて利権を得ようとし、嫌だと反対運動しかしないのでは、社会参加にはなり得ません。最後まで自分の考えを貫き通して何かに反対したとしても、それが本当に次世代に対して責任を負うことになるのか疑問です。
勿論反対運動一般を否定するつもりはありませんが、ギリギリ同意できる部分と、絶対に譲れない部分を見極める能力こそ培う必要があると思います。しかもその場合、譲れない部分はどう変えたら良いのかを考えていける方法論を見出していくことが問われています。
反対運動だけでは、行政主導の枠を変えられません。
市民主導で政策を決定する
◆市民の政治参加がなければ行政主導を変えられませんね。
ドイツやフランス、スイスでEST実現への取組が加速している背景には、やはり市民の積極的な政治参加があります。
例えばミッテラン政権時、フランスのストラスブールでは、街づくりの方向自体が市長選の最大の争点になりました。市長選は、社会党の女性候補トロットマンさんとシラク派が擁立する候補の対決となりましたが、トロットマンさんは車優先につくられた街を抜本的に変える大胆な政策を掲げて当選しました。
彼女は公約を必ず守ると宣言し、2年半ぐらいかけて大議論を巻き起こします。その上で強烈なリーダーシップを発揮して改革に乗り出します。91年には市街地中心にあった800台収容の大駐車場を撤去し、翌92年には市街地中心部への車の乗り入れを禁止したのです。
そして94年に当時では最先端のLRT(Light Rail Transit=軽量軌道交通)を導入しました。その際、都心部へのアクセスを確保するために郊外のLRT駅の駐車場整備も行い、「パーク&ライド」を可能にするとともに、LRTに乗ると経済的に得をするような公共交通優先のよい意味での差別政策を導入しました。これにより都心部は衰退するどころか、より多くの人の流れが生まれています。
スイスでは、議会が可決した憲法・法律・条例等を有権者の投票にかけるレファレンダム(Referendum)と、有権者の発議提案にもとづいて投票をおこなうイニシアティブ(Initiative)によって改憲や重要な政策を国民自らの手で決定しています。レファレンダムとイニシアティブは国、州、市のレベルで行われており、投票にかける案件に関して猛烈な政策論争が行われます。
チューリッヒでは住民投票によって車優先の街づくりから大胆に政策転換し、LRTが導入されました。彼らは、自分たちの手で政策転換をかちとるツールを持っており、それを行使しています。市民革命以来の長い歴史の中でかちとってきた市民権が定着しているのです。
長期的ビジョンなき道路行政
◆日本の首都東京の交通政策の展望はありますか。
再選された石原知事は、ディーゼル車規制を行いました。石原知事が30年前に環境庁長官を経験されていますので、国の政策の限界をよくご存知で、ご自分の信念に則って持論を実現したわけですから、それは評価できると思います。
首都中心部に流入する車の量を減らす意味で、私は短期的な意味では圏央道などの環状道路を否定しません。しかし、人も物も金もすべて東京に一極集中している現在の構造を変えるためのビジョンこそが重要ではないでしょうか。長期的に見た場合には問題があると思います。
少なくとも東京は、通勤アクセスについては私鉄などを上手く組み合わせた交通体系を整備しています。しかし、一方日本の物流はトラック輸送に大きく依存しています。これは諸外国と比較しても異常です。例えばアメリカの場合、鉄道は世界最大の路線長を持ち、貨物輸送ではトップシェアを占めています。
ところが日本では、第2東名高速を造る議論にしても、根本的な問題については触れていません。物流のほとんどをトラック輸送に依存している問題です。
先進諸国の大都市で、市街地を大型トラックが走り回っている都市などまずありませんが、東京では大型トラックが環状7号線、環状8号線などでものすごい勢いで走り回っています。
ですから、石原都知事がディーゼル車の排ガス規制をあれほど強化しなければならないこと自体、本当は恥ずかしいことです。発ガン性の疑いのある物質を、住民が大勢住んでいる場所で撒き散らすような土地利用構造自体を問題にしなければなりません。
日本の高速道路は防音壁だらけですが、ドイツのアウトバーンではどうでしょう。高速道路が住宅地等に近接して通っているところは余り記憶にありません。防音壁があるから公害対策が進んでいると考えるのは大きな間違いです。
日本でも鉄道貨物をもっと有効に利用すべきですが、逆に地方鉄道は廃線化され、首都圏でもJR貨物のターミナルは次々と閉鎖されていませんか。
毎日のように渋滞している首都高速など、現在の東京の惨状を見れば、圏央道などが必要なことは短期的には認めますが、もっと長期的なビジョンの下に交通体系全般を考えていく必要があると思います。
でないと、道路が便利になればなるほど車の交通量が増えてさらに道路が必要になります。そして本来鉄道で運ぶべきものが、ますますトラック輸送に依存する悪循環に陥るでしょう。
日本にも政策議論の場が必要
◆交通体系を変革するためのポイントは?
JR貨物は、貨車毎に環境対策をアピールする宣伝を貼り付けて頑張っていますね。
しかしJRにしても民営化されて経済原理で動いていますから、環境対策をアピールするだけではどうしても限界があります。
やはり環境負荷の高いトラック輸送などに環境税なり交通税なりを課すなど、環境負荷の小さい鉄道輸送が市場競争力を持てるようにしていくことが必要だと思います。道路財源の問題も、この際きちんと議論しておくべきでしょう。
いずれにしても、議論すべき重要なテーマに対して様々な立場の人が参加してきちんと政策討議する場ができることが必要です。例えば憲法改正の問題にしても、改憲に反対する人たちだけが創り上げた場にみなさん集まってくださいと呼びかけるだけでは限界があります。逆も同じです。対話による意味ある社会的な意思決定にならないからです。
この問題を解決するためには、社会的な信用があり、異なる立場の人たちがその場に参加して議論することにメリットを感じるような第三者的な存在が必要です。
既にデンマークでは86年に、DBT(Teknologi Raadet, Danish Board of Technology)が設立されています。70年代の原子力を巡る論争の経験を踏まえ、バイオテクノロジー、情報技術、遺伝子組換え食品、温暖化など科学技術と社会との関わりに関する問題について社会的な討論を促進するための機関です。
すなわち、DBTは、①民主的な市民参加・対話の方法や意志決定の方法の開発、②技術に関する議論の促進及び対話・知識の交換、③市民・政治家・専門家との間の橋渡しなどを担っているのです。
この機関は日本の公正取引委員会のようなもので、政府を含めて一切の介入は許されません。DPTは政治的中立の立場で、国民が議論すべきテーマを設定し、それをどのように議論するのが最適なのかを検討し、専門家主導の議論や、参加型議論、あるいは公聴会方式などを採用します。そして結果は常に国民に公開されます。
なにしろデンマークは国会議員選挙の投票率は常に85%以上ある国ですから、国民の高い政治的意識がこうしたシステムを可能にしているわけです。
日本で同じようなシステムを創る場合、NPOや大学、研究者、新聞社など色々考えられますが、私はミッション型ではないNPOが一番適しているのではないかと思います。
自らミッションを掲げているNPOは、どうしてもそれに引きずられてしまい中立性が保てません。「対話型の政策提言を行う場」そのものを提供するNPOが、これからの日本に求められているのではないでしょうか。
PROFILE▼やぎした・まさはる
1971年 東京大学工学部都市工学科卒業。学生時代に激甚公害問題に接し、環境分野に取り組むことを決意。環境庁を中心に、多領域の環境政策に携わる。99年 国立環境研究所環境研修センター所長、01年 名古屋大学大学院環境学研究科教授。05年4月から上智大学大学院地球環境学研究科教授。環境政策専攻。
