自転車は人にも環境にも優しい乗り物  

「社団法人・一般ドイツ自転車クラブ」(Allgemeiner Deutscher Fahrrad-Club e. V. 略称ADFC)は10万人の会員を擁し、自転車利用促進のために幅広い活動を行っている。ADFCの活動について、現地で取材した清水真哉さん(クルマ社会を問い直す会)に語ってもらった。

清水真哉さん

 私はヨーロッパの交通事情を研究するため、90年代末にスウェーデン、デンマーク、ドイツ、オランダなどを視察しました。

 最初にヨーロッパを旅したのは90年代前半です。当時はまだ、特に注目すべき交通政策はありませんでしたが、その後各国は様々な試行錯誤を行いました。私はちょうど、そのプロセスを垣間見ることができたのです。

 今年警察庁は、自転車の歩道走行をより推し進める道交法改正を行いました。私はこの改正に反対しましたが、それはドイツの試行錯誤のプロセスを見てきたからです。

 ドイツでは、私が最初に訪れた90年頃、歩道上に自転車走行レーンをつくろうとしていました。自転車と歩行者の車線を色分けして区別しようとしたのです。

 しかし、この政策は長く続きませんでした。歩行者にとって大変危険だからです。私自身、当時ドイツで歩道を歩くのは怖かった記憶があります。真横をスピードを出した自転車がすり抜けていくので、常に後ろや脇を気にしながら歩かなければいけませんでした。

 結局ドイツはこの政策を止め、車道に自転車走行レーンを確保しています。日本では逆に、自転車を車道から締め出して歩道に追いやろうとしています。結局、自動車優先の交通政策から抜け出せないのです。

ポピュラーな交通手段

 ヨーロッパで最初に自転車利用を交通政策のなかに位置づけたのはオランダです。オランダは自転車マスタープランを作成し、国家的なプロジェクトとして自転車政策を進めました。

 ドイツはオランダを見習って、自転車レーンの整備を進めるために道路交通法を改正しました。現在は各都市で、郊外と中心部を結ぶ自転車レーンを造っています。車道や公園の中に自転車レーンを設けたりして、安全な自転車のルートを形成しているのです。

 日本では自転車に乗って車道を走ろうとしても、大変危険な場所が多いですね。しかも歩道を走行すれば、歩行者とすれ違うことができないぐらい狭い場合があります。ドイツと比較して日本には、自転車を安全に走行できる場所はほとんど存在しません。

 安全で快適な自転車走行を可能にしているドイツの交通政策の背景には、市民サイドの活発な動きがあります。自転車愛好団体などが、行政に積極的に働きかけたのです。その代表がADFCです。10万人を超えるADFCの会員の中には、2桁のオーダーで国会議員がいます。

 日本でも自民党の谷垣禎一さん、小杉隆さんなどは自転車活用推進議員連盟を組織し、自転車利用の促進に尽力されていますが、ADFCの活動は規模と質において日本では信じられないレベルです。

 ADFCの具体的な活動は、およそ自転車利用に関するほとんどの領域をカバーしています。①保険事業、②出版・広報活動、③研究活動、④自転車旅行支援事業、⑤自転車ステーションの運営、⑥消費者団体としての活動などです。

ADFCポスター

 こうした幅広い活動が自転車を普及させ、そのことでますますADFCの活動が充実する相乗効果が生まれているのでしょう。

 ドイツでは、通勤に自転車を利用するだけではなく、趣味として楽しむ人たちが大勢います。私はADFCの支部を訪れ、専従職員に話を聞きました。その職員は、休暇でニュージーランドなど海外に旅行する際、飛行機に自分の自転車を積み込んで持っていくと語っていました。

 ドイツの本屋には、海外へ自転車ツーリングに出かける人向けの旅行ガイドがたくさん並んでいます。こうしたニーズに応えるため、ADFCの事業のなかに自転車旅行を計画・実行する人への様々なサービスが掲げられています。

 旅行中の修理保障や、自転車道地図の作成と販売、旅行計画のプランニング支援などです。ADFCは自転車用タイヤ会社と提携して、ドイツ全域13地域と、ヨーロッパ21カ国の計33種の旅行情報パンフレットを作成・配布しており、会員は無料でプランニング支援を受けることができます。

 さらに旅行業者との提携も進んでおり、自転車旅行者にとって良好なサーヴィスを提供してくれるホテル、ペンション、ユースホステル、キャンプ場などの一覧を出版するなどのベット&バイク(Bett & Bike)も行っています。

 ADFCは鉄道会社との対話も積極的に行い、自転車の車内持込制限を廃止するように働きかけてきました。その結果、1989年以降都市近郊電車への自転車の無制限の持込が実現し、都心部への持込も徐々に拡大しています。

 当初鉄道会社は、ADFCの要求を渋々認める関係でしたが、今では自転車と鉄道の組み合わせを積極的に広報して旅客数を伸ばす方向に転換しています。ドイツ鉄道株式会社(Deutsche Bahn、旧称Deutsche Bundesbahn、略称DB)のパンフレット「鉄道と自転車」(Bahn&Bike)は、ADFCの支援によって作られたものです。

 ADFCは、各都市の公共交通の事業体との間にもこうしたパートナーシップを形成しています。

自転車スケールの社会が目標

 幅広い活動を行っているADFCですが、その活動を支えているのは持続可能な社会を展望した明確な理念です。

 1993年にドレスデンで開催されたADFCの連邦総会において、中心メンバーであるティルマン・ブラーヒャーとウルズラ・レーナー=リールツは、「危機に瀕する世界におけるADFCの任務―ADFCの活動に関する考察」を発表しました。これはADFCの理念を考える上で非常に参考になると思います。

 このリポートでは冒頭、自動車交通は様々な弊害をもたらしており、それに比し自転車は多くの利点があるにも関わらず、なぜ自転車利用への転換が進まないのかと問題提起しています。

 そして自動車に依存する現在の交通体系は、グローバルに拡大する物流の増加と過剰な交通量を前提としたものであり、これを変革するには市民一人一人の生活のあり方、消費のあり方、生産のあり方を見直す必要があると提起しています。

 ポイントになることは、「近さ」の持つ価値です。リポートでは、より遠くに、より早く到達することを至上の価値とするのではなく、身の回りの世界のなかに広がる豊かさを再発見すべきだと訴えています。

 その上で交通問題を解決するためには、先端技術やパーク・アンド・ライド等のモーダル・シフトだけでは十分ではなく、輸送の量と距離を減らしていく努力が不可欠だと結論づけています。

 ADFCの任務は、単に自転車交通の便益を図ることではなく、短距離交通において最もメリットがある自転車の利用を促進し、持続可能な交通政策に寄与していくことです。

 自転車スケールの社会と経済を追求するADFCの活動に今後も期待しつつ、日本でもこうした活動を拡大していきたいと思います。(談)

1244号 2007年5月25日発行