護憲プロパガンダとしては物足りない

 映画『日本の青空』は、護憲運動のためのプロパガンダ映画だ。

 大澤豊監督は、この映画の製作を決意した経緯を次のように語っている。

 「『9条の会』の発足記念講演を聴きながら、私は考えました。一介の映画監督に何ができるだろうか」「議会で改憲勢力がいかに多くても、護憲の世論が高まれば憲法改悪は阻止できます」(パンフレットより)

 製作者が自ら政治的意図を公言しているわけだから、「プロパガンダ映画だから駄目だ」と批判するのは筋違いだろう。問題は、果たして有効なプロパガンダになり得ているのかどうかだ。

 映画の主人公は、GHQ占領下で日本国憲法制定に関わった実在の憲法学者鈴木安蔵だ。安蔵は戦前、京大在学中に治安維持法違反第一号「学連事件」で検挙されている。3年間獄に囚われながらも転向しなかった、不屈のマルクス主義者だ。

 彼が中軸を担った憲法研究会は、新憲法制定へ向けて独自の「憲法草案要綱」を提起した。

 研究会には、大原社会問題研究所創設者で初代NHK会長となる高野岩三郎や、社会党の創設に加わった森戸辰男など7名がいた。

 安蔵は植木枝盛などを研究し、新憲法を日本の自由民権運動の発展の中に位置づけようとしたのだ。

 一方、日本政府が設置した憲法問題調査委員会(松本委員会)は、「憲法改正要綱(松本試案)」を作成してGHQに提出した。しかしその内容が明治憲法と大差ないことからGHQに拒絶される。

 GHQは自らの手で「日本国憲法草案」を起草するが、その際憲法研究会が発表した「憲法草案要綱」の内容を取り入れた。

 だから現在の憲法は「押しつけ」ではなく、日本民衆の平和と民主主義を求める声が反映されたものだとこの映画は訴えている。

 確かに鈴木たちの「憲法草案要綱」は、当時政府、民間を問わず作成された様々な憲法草案の中で最も現在の憲法に近似している。

 冒頭の「根本原則(統治権)」では、「一、日本国ノ統治権ハ日本国民ヨリ発ス」とされ、続けて「一、天皇ハ国政ヲ親ラセス国政ノ一切ノ最高責任者ハ内閣トス」、「一、天皇ハ国民ノ委任ニヨリ専ラ国家的儀礼ヲ司ル」と記されている。

 国民主権を原理とし、天皇はあくまで儀礼的な存在として位置づけているのだ。

 映画のストーリーは、現代を生きる若い女性沙也可と60年前の鈴木安蔵がオーバーラップしながら進む。

 月刊誌の編集部で働く沙也可は、「特集・憲法の原点を問う」の取材を通じて鈴木の存在を知るのだ。

 今の若者たちにアピールするために、こうした物語に仕立てたのだろう。しかし、2億円の制作費をかけたこのプロパガンダ映画の出来は、決して満足のいくものではなかった。

 史実に基づき憲法研究会の果たした歴史的役割を再評価するのはうなずける。しかし、今一度鈴木たちが作り上げた「憲法草案要綱」を良く読み込んで欲しい。

 「補則」には、次のように明記されているはずだ。

 「一、憲法ハ立法ニヨリ改正ス但シ議員ノ三分ノ二以上ノ出席及出席議員ノ半数以上ノ同意アルヲ要ス 国民請願ニ基キ国民投票ヲ以テ憲法ノ改正ヲ決スル場合ニ於テハ有権者ノ過半数ノ同意アルコトヲ要ス」

 鈴木は、いつの日か天皇制を廃止し、真の共和制を樹立することを願っていたのではないだろうか。だからこそ、将来改正するための規定を憲法に盛り込んだはずだ。

 いくらプロパガンダ映画とは言え、新しい憲法と社会を創造しようとした鈴木の物語から、現行憲法を金科玉条化する結論を導き出すには、余りに無理がある。
                (山西昇)

1243号 2007年5月10日発行