書評『象徴天皇制の起源』(加藤哲郎 平凡社新書)
アメリカは占領以前から戦後日本を設計していた
2004年、著者の加藤哲郎は衝撃的な資料をアメリカ公文書館で発見した。
クリントン政権が情報公開法を改正し、それまで秘匿されていた様々な国家機密文書が公開された。
加藤はその中から、日米開戦直後にアメリカが作成した「日本計画」を発掘したのだ。
日本国憲法の冒頭にある天皇条項は、当時の日本の支配層とGHQとの妥協の産物だと一般的には考えられてきた。
しかし「日本計画」が暴かれたことで、アメリカは日本を占領する以前から、戦後の象徴天皇制を周到に準備していたことが明らかとなった。
敗戦直後、日本の支配層は明治憲法の延長線上に新憲法を考えていた。それを象徴するのは、幣原内閣の下で組織された憲法調査委員会の草案だ。
例えば天皇条項については「神聖ニシテ犯スベカラズ」という明治憲法の条文を、「至尊ニシテ犯スベカラズ」に変えただけだった。
GHQはこれを受け入れず、自らの手で憲法を作成した。象徴天皇条項は、9条の戦争放棄=武装解除条項とバーターにされた。「押しつけ憲法」論が出てくる背景もここにある。
ジョン・ダワーは『敗北を抱きしめて』のなかで、GHQの側が占領政策を円滑に進めるため積極的に天皇制を利用したと主張している。
マッカーサーの軍事秘書官だったボナー・フェラーズ准将は、当時海軍大臣だった米内光政に次のように語った。
「天皇は占領軍当局にとって『最善の協力者』であり、『占領が継続するかぎり天皇制も継続するだろう』」、「ソ連が進める『全世界の共産主義化』を阻止するには、この方針が重要である」(『敗北を抱きしめて』)。
本書はダワーが指摘する、GHQによる天皇の政治的利用の背景をさらに掘り下げるものだ。
天皇の政治利用のルーツは、占領下における日米の力関係から始まるのではない。日米開戦直後にCIAの前身であるOSS(戦略情報局)が作成した、「日本計画」にまで遡る。
加藤は、「『日本計画』こそ…日米開戦わずか半年後のミッドウェイ海戦段階で早くもレールが敷かれた、米国の戦後『傀儡天皇制』戦略=象徴天皇利用の見取り図と考えられる」と指摘する。
実際に「日本計画」では、「日本の天皇を(慎重に、名前を挙げずに)、平和のシンボルとして利用すること」と謳った。
この計画は1942年5月13日の第1草稿、5月23日の第2草稿、6月2日の最終稿と続いている。
最終的には参謀本部の公式な文書にはならず、歴史の闇の中に消えた。だがこの内容は、それ以降のアメリカの対日戦略を大きく規定した。
ダワーはマッカーサーを支えた人物としてフェラーズ准将を大きく取り上げた。実は、彼もOSSの中枢にある心理作戦計画本部に勤務していたのだ。そこから加藤の大胆な推測が出てくる。
「クエーカー教徒のフェラーズが、マッカーサーを崇拝してマッカーサーの天皇観に沿って日本国憲法作成を助けたという『伝説』よりも、ワシントンのOSSでの経験から、米国の既定方針をマッカーサーに忠実に実行させたという解釈も、成り立ちうるのである」
加藤はベネディクト・アンダーソンの「想像された共同体」を援用し、次のように本書を締めくくる。
「(日本は)1945年以降、他者であるアメリカからイマジンされ、構想され、設計され提示された『象徴天皇』をステイトの中心においている。
それはより正確に言えば、占領軍の『押しつけ』ではなく、日本のピープルにより歓迎され、受容され、定着したものであるにしても、太平洋戦争開始直後から、米国によってイマジンされ練り上げられた『設計された共同体(Designed Community)』であり、『天皇制民主主義』である」
戦後どころか戦争中から一貫して、日本はアメリカの掌で踊らされていたのかと、読むものにショックを与えずにはおかない本だ。
(虎田五郎)
